僕として僕は行く。

旧・躁転航路

甘いもの

 ブチ切れたので甘いものを買いに行った。事情により質素倹約に暮らさなければならないのだけど、もうそんなことはどうでもいいぐらいだったので財布を握りしめて、雨にぬれたコンクリートをてくてくと歩いて行く。寒いのでコーヒーも買おう。

 ふと、甘いもので思い出すことがある。僕らの祖父母の世代の人は、若い僕らに甘いものをやたらと渡したがる。おじいちゃんおばあちゃん入門生はカリントウや芋けんぴ、もしくは干し柿のような、僕らからすると非常に渋いチョイスから始めるが、やがてそれらが孫ウケがよくないことを悟り、今どきっぽいお菓子へとシフトしていく。彼らが甘いものにこだわるのは、戦中戦後の、何も食べ物がなかった時代の体験が、想像を絶するほどに強烈な刷り込みだったからだろう。平和な時代、というには少し危うげな今日だが、まあそれでも、戦間期とは呼びたくない今日に生まれ、戦争を直接的には知らないまま生きてきた僕でさえも、ただ漠然と「甘いもの」が欲しくなることはあるのだ。でも、それは単純に、生存のために糖分が欲しいのか、はたまた、甘いものがいつでも食べられる、という幸福な資格のようなものを消費してるのか。

 そんなことを考えているうちに、コンビニに着く。すると、本当に驚愕したのだが、この冬の寒空、しかも雨上がりのこの寒空の下、コンビニの前でガリガリ君を食べてる女の子たちがいる。すごい。元気かよ。すごいな今のティーンは。この国の未来は明るい。もう我々にやり残したことはない。適当にやっていてもこのタフガイたちがどうにかしてくれるに違いない。虚無の時代に終止符を打てる世代がようやっと現れたんだ、こんなに悦ばしいことはない! そんなことを思いながらもコンビニで2,3甘いものを選び、最後にあったかい缶コーヒーを手にとってレジに行く。するとレジに立つ初老の男性が尋ねる。袋をお分けしましょうか?僕はコーヒーを握りながら帰るつもりだったので、いいです、とこたえる。えっ?本当にいいんですか? 黙ってお金を出す僕。いいからてめえも黙って袋詰めしろよ。 お釣りを渡すレジの男性。 えっでもチョコレートですよね?  うるせえんだよ馬鹿野郎、さっさと詰めやがれ、何べんおんなじこと聞くねん という雰囲気が伝わったのかどうか知らないが、あっしまったみたいな顔をして商品を手渡すジジイ。いいか、こちとら繊細クソ野郎だぞ、出来るだけ知らない人と会話したくないという思いを秘めて毎日行きてるんだぞ団塊野郎が、わかってんのか、てめえらも俺たちもあのタフガイティーンたちに駆逐されて死ぬんだ、あったかいものを分けるとか分けないとか以前に寒空の下でガリガリ君食べられんのか貴様は、俺にはムリだ、あんたにもムリだろう、あんたが同じことをやれば痛風にでもなって死ぬだろうな、そうだ、俺たちはみんな痛風で死ぬんだ。風が吹いただけで全身が痛むんだぞ、わかってるのか、それに比べてあの子らは、この寒空の下で、まだまだ寒さが足りねえな?と言わんばかりの勝ち誇った表情でガリガリ君を頬張ってるんだ、あの子らならシベリア遠征もラクラクこなせるだろうな、日比谷焼打事件も、日比谷にかぎらず日本全土を焦土にできるぞあの子達なら。

 イライラを解消するために甘いものを買いに行って、イライラして帰ってきた。プラマイゼロかよ。