僕として僕は行く。

旧・躁転航路

『宇宙の果てはこの目の前に』/andymori

宇宙の果てはこの目の前に

宇宙の果てはこの目の前に

 

 解散のアナウンスがあった直後の彼らのインタビューをようやくしっかりと読んだ。ラストアルバムは悲しくヘヴィーなものになるか、いっそう清々しいほど爽やかなものになるか、グダグダになるか、というパターンが通例としては多いように思うが、彼らは最後のアルバムを「自分の手を離れてどこかに飛んでってしまって、余韻だけがあたりを流れている」ようなアルバムになったとそのインタビューでは語られていた。

 だけど、僕にはどうしてもそんな風には聞こえなかった。ある所ではデビューしたての頃のアルバムのようにシニカルではあるが、またある所では今までに無いほどにヘヴィーであり、諦めや怒りさえも感じられたのだ。しかし、思い起こせば、小山田壮平という人間は、もともとそういったメッセージを持った人間だったのかもしれない。ある種戯画的に振舞おうとしたアルバム「Andymori」「1984」、そしてメンバーの交代もありテーマを絞って統一感をもったアルバムとなった「革命」「光」。いわば、方法論にしろ、テーマにしろ、何かしらの縛りをもってこれまでのアルバムは作られてきたのだが、今作「宇宙の果てはこの目の前に」は、ただ「最高傑作を作る」という意気込みだけをもって取り組まれたのだという。その結果、andymoriにおける小山田壮平というパーソナリティが今まで以上に解放され、前景化したのだろう。その印象は、このアルバムを語る上では避けては通れないだろう楽曲「teen's」により随分と強められる。

 


「teen's」~andymori ライブハウスツアー 〜 FUN!FUN!FUN!〜ファイナル ...

 

 「teen's」は、小山田が19歳のときに書いたものだが、今までアルバムに収められていなかった理由としては、なんだか恥ずかしいという理由があったからだそうで、確かにそれもわかるような青々しいストレートさがある。しかし、数年経ったいま聞き返し、その愚直さに素直に感動し、このアルバムに収録する運びになったという。僕は初めてこの曲を聞いたとき、ただ単純に「えげつない曲だなあ」と感じたに過ぎなかったのだが、今思えば、僕は敢えてそういった表面的な印象に留まろうとしたのかもしれない。この楽曲と向き合おうとすれば、間違いなく飲み込まれることになる。この楽曲のもつ重々しさは、正直なところ、僕が覚悟していた以上のものだった。そして、その重々しさに加えて、小山田壮平の絶唱が、切実さに拍車をかける。何者も演じるわけでもなく、ただ歌うための、伝えるためだけの叫び声が耳をついて離れなくなる。だからこそ、僕は、まず最初はこの楽曲から距離を置こうとしたのだろう。

 しかし、しばらくして、この楽曲を意外なところで聞くことになった。バイトの合間に立ち寄った、コンビニの有線放送である。僕は思わず立ち止まってしまった。コンビニの雑音・店員の声と、小山田壮平の絶唱が入り混じるその空間は、はっきり言って、本当に「異質」でしかなかった。何もない日常に、命をかけたような絶唱が入り交じって、日常を切り裂いている。しかしながら同時に、そこでは誰もが普通に過ごしている。ふと思う。この違和感はどこかで感じたことがあったはずだ…。そう、中学生のころ英語の教科書で見た、ピューリッツァー賞を受賞した写真「ハゲワシと少女」を初めてみた日に覚えたそれと全く同じだ、と今になっては思う。命が、そこで鳴っている。少し耳をすませば、すぐそこで鳴っているのに、誰も気にも留めやしない。誰も聞こえないのだろうか。僕だけにしか聞こえないのだろうか…。僕がいつからか考えなくなっていた、この日常に潜む解離感。

 いわば、この異質感、異物感こそが、小山田壮平なのだろう。日常を切り裂いて深淵が顔をのぞかせる歌声をもった男。彼の歌声はあるときにはシニカルに、またあるときには本当に暖かく響くが、にも関わらず僕の中でもっとも印象に残っているのは、がなるような絶唱である。『Teen's』に限らず、今作ではそういったがなるような歌声を随所に聞き取ることが出来る。ライブ音源などでは、そういった歌い方を聞くこともできたが、スタジオ盤でそれを使ってきたのは、生々しさをぶつけたいという彼らの欲求ゆえだろうか。

 こんな馬鹿な気持ちを歌にしたら笑うだろう、なんて弱いやつだと相手にされないだろう。それでも、こんな馬鹿な気持ちを歌にしたいと思い、なんて弱いやつだと相手にされてこなかったのが、小山田壮平の原風景なのかもしれない。もしそうだとすると、彼が今まで抱いてきたであろう孤独を感じてゾッとした。そして、「teen's」を収録するアルバムが最後のアルバムになるのは必然だとさえ思った。

 

 

 もちろん、このアルバムは「teen's」のためだけのアルバムではない。他にも言及すべき箇所は多く、彼らのファンも、そうでない人も楽しめる、まさに「ベストアルバム」であるといっても間違いない。たとえばアレンジ一つとっても、これまでよりもミニマルで、緻密な音の重ね方が増えている。それは、もしかすると、ミュージシャン・小山田壮平の行く先を探るヒントになるのかもしれない。そして、シンガー・小山田壮平は、歌をうたうことをやめるつもりはないとインタビューで言っていた。だから、このアルバムに収められている楽曲にはなんだか物悲しい歌詞が多くても、切実ながなり声が今までよりも多くても、彼が身を投げて重体になっていても、僕は彼を待ち続けることが出来る。だって、ずっとずっとブルースが続いていくって歌っている、「夢見るバンドワゴン」が、一番最後に作られた曲で、それを一番最後に持ってきてくれたってことは、そういうことなんだろう? すごい速さで過ぎていったandymoriの、その中心にいた小山田くん。もうそんなに急がなくても大丈夫なんだ。君を待っている人は、きっといつまでも待ち続けるよ。遅くなってもいい、ゆっくりでいい。のんびりやろう。また声をきかせてくれさえすれば、それで僕らはいいんだよ。

 

 


andymori「夢見るバンドワゴン」 - YouTube