僕として僕は行く。

旧・躁転航路

失ったもの

 財布を落として数日が経った。先日誕生日だった僕に母が贈ってくれたものだ。インターネットで同じものを探すと結構な値段がする。僕はそんな大事なものを落としてしまった。

 財布を探すために自転車に乗る。盗んだ自転車。見た目は綺麗な黄色い自転車だが、乗ってみてわかったのはブレーキが壊れている。長い下り坂を駆け下りる。速度が出過ぎて、これは死ぬかもしれない。坂道の終わりにカーブがある。曲がりきれそうにない。原付に乗っていたころよく感じた、あの死ぬかもしれないという思いがフラッシュバックする。   なんとか曲がりきれた。戦後のバラック街のような、汚く狭い路地に差し掛かる。狭いのですれ違う人にぶつかりそうになる。遠くに高速道路が見えた、あれに向かって進み合流して、高速道路沿いに進めば、昔住んでいた街に着くはずだ。本来ならば電車で行くべきところで、徒歩でいけば何日かかるか判りはしないが、財布を落としてしまってお金が無い僕にはそれしか出来ない。道は相変わらず狭くてごちゃごちゃしている。高速道路は大きく曲がっている。高速道路に向かっているつもりが、全く別方向に進んでいることに気付く。駅だ。エレベータで上にあがることにした。せまいエレベータに寿司詰めになる。近くにいた女性に痴漢の疑いをかけられる。僕はそんなことはやっていない。なんとか疑いは晴れる。エレベータで上がったところで、駅を越えて高速道路のほうに向かうのは不可能だ。またエレベータで下に降りる。大きなドラッグストアがある。

 

 朝9時頃に目覚め、お金が必要なので銀行にいって、キャッシュカードを再発行しようと思ったが、その前に交番に遺失物届けを出しに行く。市内で一番大きな警察署には、財布を落としたことに気付いた日に電話で尋ねていたが見つからず、それ以来失望して遺失物届けを出そうとも思えなかった。ただ、キャッシュカードの再発行の前に、遺失物届けを出すのが先だろうということで、銀行の近くの交番に寄った。  見つかった。本当によかった。知人と喫茶店でコーヒーを飲んでいた後のことなので、知人を呼びつけてバイクの後ろに乗せてもらう。数分かけて、財布が保管されている警察署に。あったのだ。僕の財布が。本当によかった。もう悲しむことはない。 ただ、財布は見つかったのに、あの喪失感と無力感、無能感だけは今も残り続けている。忘れていた、僕は無力感の人間なのだ。何もコントロールできず、盗んだもので何とか取り繕おうとして、他人に訝しがられ、煙たがられるしかできないのが、僕だったのだ。