僕として僕は行く。

旧・躁転航路

五十嵐隆『生還』@NHKホール 5/8

 前日までは行けるとは思ってなかった。チケットはすごい人気で、何度かあった先行も全て滑り、当然のように一般も1枚も引っかからなかった。長年のSyrup16gファンである友人も全く同じ境遇。ネットオークションを見てみれば、1枚23500円だなんて高騰していて、これはもう無理なんだろうな、と諦めて、みんなのライブレポで我慢するか、だなんて思っていた。
 友人から電話があったのが、ライブ前日の昼過ぎ。彼女は、五十嵐隆が墓場でライブしている夢を見て、五十嵐を見ないと、と思い、もう一度だけネットオークションを検索してみたそうだ。そして、ペアのチケットが1つだけ出品されていることに気付いて、メールをしてくれた。1枚23500円まで上がる光景を見ていた僕は、1枚25000円までなら出すよ、と言った。結局、そのチケットはペアで22000円までしか上がらなかったのだが。
 僕は、前日なんだから、もしかしたら行けなくなった人とかもいるんじゃないかな、と思いたち、Twittermixiで最後の悪あがきをはじめる。行けなくなったので、チケットお譲りします。そういった書き込みは、あるにはあるものの、物凄い勢いでリプライがついていく。
 そんな中で、食い気味に、行けなくなっちゃった、とだけ書いていた方に、不躾ながらもいきなりのリプライを飛ばす。もしよかったら譲ってもらえませんか? いま思えば、本当に不躾だったのではないかと思う。行きたかったのに、行けなくなっちゃった人に、譲れだなんて言うだなんて。でも、その方は懇切丁寧に対応してくれた。最終的には、僕が東京に向かう新幹線の道中、名古屋駅のホームで手渡しという形で譲ってくださることになった。本当はお茶でもしながらお礼を言うべきところだったんだけれど、時間もカツカツな上、名古屋での停車時間はかなり短い。新大阪では停車時間が5分ほどあったから、それぐらいはお話できるかと思っていたんだけど、名古屋駅には1分ほどしか停まっていてくれなかった。何度も何度もお礼を言ったけど、全然自分としては足りない。いくら感謝してもしたりないとは言え、何となく十分お礼はできたかな、ぐらいには言いたかった。

 名古屋駅に到着する直前に聞き終えたのは、『明日を落としても』だった。チケットを譲ってくれた方は、直前に行けないことになってしまい、いわば明日を落としてしまったのかもしれなかった。彼女の明日を、僕は拾えるのかもしれない。そう考えると、全身全霊で五十嵐隆を受け止めようと思った。五十嵐は、自ら落とした明日を拾うために5月8日を、そしてSyrup16gの解散発表を行ったNHKホールを選んだ。5月8日、NHKホール、色々な人が落としてしまった明日を拾いにいく。

 品川。着いた時には『Reborn』が流れていた。渋谷。友人と合流。彼女も昨日なんとかチケットを手に入れたのだった。NHKホールまで歩く。物販には既に長い長い行列。ディズニーランドか何かなんだろうか。先頭の人は、古参ファンにとってはお馴染みだという、『変態』Tシャツを着ていた。物販は諦め、近くのサンマルクへ。友人の友人も合流。その友人の友人は発熱もあり声もガラガラで、ギリギリに行こうかと思っていたそうだが、ウズウズしたのか、やっぱり早めに行くことにしたと聞いた。古参ファン達のお話を色々聞く。しばらくして、またNHKホールに。さっきよりもすごい人だかり。時間をかけて入場。僕らはそれぞれバラバラのルートでチケットをなんとか手に入れたこともあって、席は見事にバラける。

 ライブは開演が押す展開(洋アーかよ)。結局、10分弱ほど押して暗転。聞こえてきたのは、随分ノイジーではあるが、確実に『Reborn』のイントロだ!。ファンの悲鳴に近い歓声がNHKホールに響き渡る。隣のお姉さんは既に泣いている。紅い幕の隙間に逆光で照らされる五十嵐。『昨日より今日が素晴らしい日なんて、わかってる、そんなこと、当たり前のことさ』会場のテンションとは裏腹に、とても丁寧で慎重な歌い出しだ。全席座席指定だが、殆どの人が立ち上がっている。Syrup16gの解散ライブを彷彿とさせる画ではあるが、こちらはもっと希望のようなものが僕らを立ち上がらせている。五十嵐の立ち位置はお馴染みのステージ向かって左側。ということは3ピースなのか?『五十嵐隆のライブ』なら、4人で来るだろう思っていた僕は、この辺りで少し引っかかることがある。この、なんとも言えないグルーヴ感、リズム隊の感触。それは解散後に僕が貪るようにして見てきた、Syrup16gのDVDのそれと何ら変わらないのではないか?そして3ピースと来たら、もうアレしかないだろう。続いて、ベースのイントロフレーズが格好いい『Sonic Disorder』が始まるのだが、これがもう、テンポ感というか、走り方が、どう聞いても、Syrup16gのベーシスト、マキリンのベースなのである。僕が何度も何度も、一度でいいから生で見てみたかったと思って来た、Syrup16gの、キタダマキのベースにしか聞こえないのだ。五十嵐のギターの、ディレイフレーズが終わる。エッジーなストロークが入ってくる箇所だ。逆光でバンドメンバーが照らされはじめる。時々体をくねらせながら、足でリズムをとったりやめたりする、細身のベース。チャイナを叩く時に髪の毛がボサボサに開くドラム。これはもう、間違いないだろう!確信に近い何かを得る。逆光の中で、幕がゆっくりと上がっていく。やっぱりそうだ!五十嵐隆のライブの、サポート・メンバーは、キタダマキ中畑大樹だ!歓声と、悲鳴と、どよめき。ああ、僕は、見れなかったSyrup16gのライブを見ているのかもしれない、とそう思った。

 その後、『神のカルマ』『I・N・M』『生活』と続き、『犬が吠える by五十嵐隆』時代の『赤いカラス』と続いた上で、新曲のラッシュ。この中には『皿宇宙人』の新アレンジが混ざっていたように思うのだけれど、この辺りの真偽については錯綜している。全体的に、五十嵐は、歌がうまくなっている。あと、ギターもうまくなっている。『I・N・M』『生活』のギター・ソロがしっかり弾けているのだ。随分練習したんだろうなあ。Syrupを解散して、犬が吠えるも頓挫して、ひたすらギターを練習しているがっちゃんの姿を想像すると、なんだか切ない気持ちにもなる(ちなみに、相変わらず歌詞は飛ぶらしい、といってもI・N・Mの時に1回だけだから、少なくなったのかな?)。その後、観客の「おかえりー!」が聞き取れなかった五十嵐の「えっ?」という発言や、「昨日寒かったから風邪引いちゃった」と言いながらスタッフにティッシュを手渡されて鼻をかむ様子、そしてその音をマイクが拾っちゃったり。MCも、喋れてるんだか喋れてないんだか。そもそも声が小さくて聞き取りづらい。結局、最後まで『ただいま』とは言ってくれなかったのだけれど、その煮え切らなさがある意味彼らしいというか。

 新曲ラッシュが終わり、先述のMC?を挟んで、「ドラマも車も興味が無いから」買ったという「40万のギブソンのアコギ」こと、ハミングバードを取り出しての、『明日を落としても』弾き語り。「明日を落としても、誰も拾ってくれないよ。」そう歌う五十嵐だが、彼は、彼の明日を拾うために、今日という日を選んだのかもしれない。「誰も愛せなくて、愛されないなら、無理して生きてることもない。」ファンを愛し、ファンに愛されているからこそ、今日も五十嵐は生きているののだと僕は思いたくなった。「したいこともなくて、する気もないなら、無理して生きてることもない。」今の五十嵐は、したいことも、する気も、きっとあるのだと思う。「Do You Wanna die?」そう語りかけてくれるミュージシャンは、日本には五十嵐隆しかいなかった。そして、おそらくはこれからもいないだろう。今、僕は死にたいとは思っていない。それは、死にたいと思っていた時に、彼の歌声があったからで。そんなことを思い出されられる、生の五十嵐の歌声。

 続いて、『センチメンタル』。「でも心が痛い。たまに届かなくて。」NHKホールにいる人も、行けなかった人も、みんな多分、今日という日に、心が痛い。でもそれは、良い痛みなのかもしれない。痛気持ちいいような。かゆみをとるために掻きむしるときの痛みのような。「妄想、もうよそう。」そう言ってくれたならば、僕はもう、五十嵐隆の歌声を生で聞くという妄想をしなくてもいいんだ。

 『月になって』。この辺りの曲をやってくれるとは思ってなかったので嬉しいびっくり。「君に間違ったことはなく、道を誤ったこともなく、ありのまま何もない君を、見失いそうな僕が泣く。」君というのは、もしかすると、僕らファンのことなのかもしれないし、キタダマキ中畑大樹のことなのかもしれないし、もしかするとロックンローラー・五十嵐隆のことなのかもしれない。見失いそうになった時に、こうやって呼びかけてされくれたら、みんなまた五十嵐のところに集まるよ。
 
 そして、MC?がここに入る。鼻水の音をマイクが拾い、観客からすこし笑い声があがるが、「今の笑い声が、自分の母親だとわかりました」。なんかちょっとゆるい空気になったけれど、演奏はタイトな『落堕』へ。この曲は特に、この3人の演奏じゃないとしっくりこないのかもしれない。キメを多用するアグレッシブなライブアレンジ。合間合間に入る中畑の絶叫。そして、勢いそのままに『天才』『Coup d'etat』『空を無くす』となだれ込み、本編は終了。しかしすぐさま鳴り響くアンコールの拍手。今まで聞いたことのあるアンコールを求める拍手のなかで最も早く始まったような気がする。時間にすれば2,3分なのだろうけど、この2,3分が長かった。いてほしいあなたがここにいないことは、2、3分であっても、本当に辛く長い時間だ。早く出てきてほしい。みんなの拍手がそう言い続けている。

 そして現れる3人。五十嵐が構えるのは、例のSG。ということは『パープルムカデ』だ。この曲のかっこよさは、ライブを生で聞かないとわからないんだなあ。定番曲なんだけど今まであまり良さがわかってなくて、でも実際に聞いてみると、独特のグルーヴ感が生まれる曲だった。そして、『リアル』。イントロが終わり、中畑のフィルインが入って、再びヴァースに。間違いない。Syrup16gはやはりライブバンドだ!

 そしてアンコール1が終わり、アンコール2は五十嵐が1人で出てくる。「本当に夢みたいです。半年前までこんな機会を持たせていただけるとは思っていなかった。」「本当に色々な感情があったと思うんですけど、引き受けて一肌脱いでくれた2人に、感謝したいと思います。」「翌日という曲があるんですけど、これは10年ぐらいまえに出来た曲で、出来たばかりの頃にチャリにのって中畑くんに聞かせに行った時の、歌詞だけかえた
奴を歌います。」ということで『翌日』の最初期ヴァージョンの弾き語り。歌詞はうまく聞き取れなかったけど、「心という名の幻想も、不幸という名の甘い水も、いじらしいことにさ、あなたの傷跡になりたかったんだ」フレーズだけが、本当に、本当に心に残っている。そして、その最初期ヴァージョンの終盤にはこっそり2人が立ち位置について、そのまま僕らの知っている『翌日』へ。「急いで、人混みに混ざって、諦めないほうが、奇跡にもっと、近付くように」。長い長いアウトロ、このまま終わらないで欲しい。このライブが、この日が、五十嵐の歌声を、いや、この3人の演奏を、もっとずっと聞いていたい。こんな気持ちになるライブは、本当に久々だ。終わるのが惜しい。しかし、それでも終わってしまう。だけれど、またいつか、はじまるのだろう。Syrup16gの歩みではないのかもしれないけれど、五十嵐隆の歩みが。

 結局、今後どうなっていくかのアナウンスは全くなかったし、どういう経緯で3人でまた演奏できるようになったのかもわからない。ソロだとすれば、ベースもドラムも全部自分で書くのだろうか、マキリンとたいこのいない五十嵐の楽曲なんてイメージできるんだろうか。新曲そんなに多くなかったけどリリースとかはあるんだろうか。本当に色々なことを思う。まだ決まっていないことも沢山あるのだろうなと想像もできる。喜びと不安の混じったような気持ちになる。ただ、NHKホールの内外で見られたような、「あー!やっぱり来てたんだー!」という再会を喜ぶファンの声。もしかしたらがっちゃん自身も見たり聞いたりしたかもしれないなあ。そう、五十嵐隆は、五十嵐隆という場を作ることが出来る人間で、そこに人々が集まり、共に同じ曲を聞いて涙することができる。そんなミュージシャンが、一体どれだけいるのでしょうか。僕らは、本当に、五十嵐隆の、翌日を、諦めきれない奇跡のように、待ち続けているのです。