僕として僕は行く。

旧・躁転航路

“スピカ”を聞きながら

 精神状態がめちゃくちゃいい。というのも、意味のある音楽を聞いていても大丈夫であるか元気にすらなるからだ。精神が意味性をもった音楽を欲しているのがわかる。Aphex Twinを聞いているより日本語で歌われる音楽のプレイリストをシャッフルしているほうが読書も捗る。今はSpitzのスピカがイヤフォンから流れている。マサムネの爽やかでそれでいて時折わずかなざらつきのある声が、ノイジーなコードストロークとアルペジオの上に乗って心地よく響いている。決して自己主張しすぎないでも機を見て前に出てくるベースのグルーヴがとても心地よい。やはりバンドサウンドは良い。まるで目の前でアンサンブルを見ているような気がしてくるのだ。一体、こんな風に音楽を楽しめるのはいつぶりなのだろうか。もはや僕のうつ気質は完治したのではないか、と思ってみたりもするが、まあそれは言い過ぎで、人と話し込んだあとかならず反省のし過ぎで死にたくなる、という具合で、まあ完治とまでは言い難いものの、かなり良好な状態をキープ出来ている気がする。

 けれど、躁状態ではない、とさっきは言ってみたものの、よく考えたら実は躁状態なんじゃないか、とも思い出す。ここ2、3日かなり内省的な日記を書いておいてそりゃ無いだろうということを考えたら確かにそうかもしれん、と思わざるを得ないからだ。

 昨日の日記の話が出たのでついでに綴っておくと、幼い頃の記憶で自縄自縛になっている現状は、どうも愛着障害というやつの典型例であるようだ。これについて、もっと勉強すべきなのだろうか、もしかすると主治医に相談すべきなのだろうか、とか考えたりもするが、それについてはもしもっと歩みが進んだ時にはまた日記に書いて整理していきたいと思う。