僕として僕は行く。

旧・躁転航路

studygiftの顛末に関しては、世界に失望しか覚えなかった。

 詳細に関しては適当に検索していただくとして(なげやり)、この一件、僕個人としては非常にこたえた。色々な幻想や期待がぶっ壊されていくのを目の前でまざまざと見せつけられたような思いだった。僕は少しずつインターネットが実名でふざけられる空間が整備されつつあると思っていたのだ。それは同時にこの暗くジメジメとしたウェブという世界が少しずつ開かれたものへと向かっていく過程であって、そうなれば、排撃される対象としての三人称しか存在しない不毛な世界はきっと終わるのだと思っていたのだけど。

 そもそも、SNSと麻雀に狂い留年しちゃって奨学金打ち切られちゃったという顛末自体が僕にとって非常に馴染みのある話ではある。しかも僕は普段から金くれと思っているしそういう乞食ライクなところを隠すつもりも全くないので、彼女と僕は非常に近しい状況にある。にも関わらず、僕は安穏としている一方で、彼女は罵詈雑言の雨の中にいる。では、僕らを分かつ分水嶺とは一体何だったのか?それは、彼女が本名でソーシャルネットワークに飛び込んだというだけのことだ。冗談半分、それでももし上手くマネタイズできたら面白いな、めちゃくちゃウケるよな、そういう発想を持って、やってみただけのことだったろう。他意があるとすれば、彼女はG+でも人気日本一位になっていたりと、SNSを活用して自分の市場価値を高める発想を持っているっぽいようにも見える。それをどこまで打算をもってやっているのかは赤の他人である僕には全くわからないのだけれど。

 ただ、ちょっと茶目っ気を見せただけで、こんだけ燃やされるとは彼女も思っていなかっただろうし、僕も思ってはいなかっただろう。なんで実名でふざけてはいけないのか?未だに度し難い。あの手の発言は、匿名SNSでは基本的に結構ウケる。まあ大概がなーにいってだコイツみたいなスルーのされ方をするけれど、ああいう形のそもそも理不尽すぎてウケる要求に基づいたネタとかは、やっぱりある程度の訴求力をもっているように思う。でも、彼女はめちゃくちゃに叩かれた。なぜか?実名で、しかも顔出しだったからで、そしてただそれだけのために。

 でも彼女と同等に、あるいはそれ以上に凹んでいるのは、おそらくstudygift製作者の家入一真氏だと思う。彼の足跡などについても諸姉諸兄にお任せするとして、彼がこのサービスをリリースすることによって、どういう世界を理想としているのか少し想像できるように思う。要は、財の適正な分配なのではないか。金余りの所から、金不足の所へと、交通整理をしようとしただけのことなのではないだろうか。確かに、継続発展の可能性から言うと多少難しいサービスかもしれないけれど、それでも十二分に社会的に意義のあることだし、フェアでオープンな社会を作る一助としてのウェブサービスを作りたいという思いを勝手ながら僕はそこに読み込んでいる。

 ただ彼にとってもまた想定外だったのが、人々はフェアネスやオープン性などは皆目求めていないということだっただろう。また、僕らがもつ独特であり往々にして奇特な、この「施し」という行為・概念の性質もまた誤算といえば誤算だったろうか。ただ、自分のリリースしたウェブサービスで、社会的にボコボコにされる人間が出てくるとは思わなかっただろうし、それは筆舌に尽くしがたい苦痛を伴っているように思う。だからこそ、僕は例の女学生S氏や家入一真氏の心中を想像しては、とても苦しい気持ちでいっぱいになる。軽率といえば軽率かもしれない。軽率さだけじゃ世の中は破綻してしまうだろう。けれどもまた、そういう打算と裏付けのないチャレンジこそ、新たな状況を作るための大きな布石となることだって往々にしてあるのに。

 でも、みんなはそんなことは望んでいない。とにかく慎重であること。一切の軽率さを隠蔽すること。公の場では一切ふざけないこと。そして、そんな風にふざけている人間を見つけたら、ボコボコにしてノックアウトすること。人々が望んでいるのはただそれだけだ。世界をオープンにすることを使命としたザッカーバーグは所詮海の向こうの天才であって、この国では多くの人が彼の理念に微塵もリスペクトなど覚えていないのが明らかだ。誰も真面目に彼のやってきたことなんて受け取ろうとしていないし、本当は社会をオープンにしようとしてリスクを取ってくる輩など大嫌いなのだ。閉ざされた社会で、慎ましく生きろ。間違っても自分の失敗を開き直ってネタなどにしようとは考えてはならない。失敗した人間は、即刻退場しろ、不貞の輩め。

 ウェブは桃源郷でも理想郷でも何でもなかった。世界中と繋がれる技術で僕らが紡いできたのは閉ざされた村社会の再生産でしかなかった。閉ざされた世界に閉ざされた箱庭ができた、ただそれだけのことだった。